高校新卒採用の暑くて長い夏が始まっています
18歳で自分の道を決めて社会に出る難しさ、辛さ、素晴らしさ、尊さ
今日は私の高校時代の同級生の話をさせてください
同級生S君は、2年、3年と同じクラスで、一緒に洋服を買いに行ったり、レンタルレコードを借りに行ったり、ディスコに踊りに行ったりして、正に親友と呼べる存在でした
共通点はお互い貧乏(笑)とにかくお金が無い
「将来30億円くらい稼ぎたいな」貧乏人はお金にリアリティが無いので夢も途方も無い事を言います(笑)
S君は3年になると、学校にあまり来なくなり、たまに来ても授業中いつも寝ていて、当然テストの成績も悪く、出席日数も少ないので「卒業出来んるかな?」と内心、心配していました
私は、と言えば、学校こそ真面目に行ってましたけど(学校が楽しくてしかたなかったので)、進路については、何も考えていませんでした
正直、自分が何をしたいか解らなかったんですね
対象的に同級生の就職組は皆、大人でした
そして実はS君もその一人でした
「俺はコックで成功して早く母親に楽をさせたい」
だらけた高校生活を過ごすS君から意外にも明確なビジョンを聞いて驚いた記憶があります
私は家に余裕も無いのにモラトリアム期間を置きたく、3流大学を受験する事に…幸か不幸か合格してしまいます
親戚中に頼み込んで、何とか入学金と半期分の学費を借りる事が出来ましたが、せっかく苦労して入学まで漕ぎ着けたのに、アホな私は、入学後、割の良いバイトのおかげで、身分不相応に遊び出します
結局、S君は電鉄系の子会社のレストランに就職が決まり、お互い違う進路を歩み出しましたが、たまに家に泊まりに行ったりしていました
その時は決まって、大学生活や夜遊びがいかに楽しいかを自慢げに話していたように思います
バブル全盛期の大学生の遊びですから、それはもう想像を絶する浮かれ様です(笑)
S君は当時、長時間労働にも関わらず、手取りは10万円あるか無いか位と言っていました
デフレが続いて物価が下がりきった今と違い、吉野家の牛丼並でも400円していたので、相当苦しかったと思います
それでも、私の与太話を自分が疑似体験したような感覚で楽しそうに聞いてくれていました
今思えば、無神経ですよね…私は
その後、S君はアメ村のイタリアンでの見習いにステップアップします
このお店には同級生や彼女を連れてよく行きました
客席から伺っていても日に日にS君のポジションが上がっていくのが分かります
この頃から2人で遊ぶ事は無くなっていました
私はしばらく享楽的な人生を歩み、堕落していきます
そしてS君は少ない給与からコツコツ貯めた資金でイタリアへ修行へと旅立ち、帰国後はワイン&レストランバーの雇われマスターを経て、遂に念願のオーナーシェフになります
今では、開業時に借りた国金からの融資もとっくの昔に完済し、地元の人がデイリーで行ける、安くて美味しいイタリアンをしっかり経営されています
本当に心の底から誇りに思え、尊敬出来る同級生です
私が頑張ってない時や、不調な時は、決して会いたくない友人です
これは私の見栄ですね
幸い、「これだ!」という道が見えた20代後半から一念発起し、経営者を目指して我武者らに働き始めたので、S君の前にも現れる事が出来るようになりましたが…
彼のお店には、年に1回行くかどうかというところですが、1人で店を切り盛りする彼の邪魔をしないように、10代の見果てぬ夢を語り合った頃を思い出しながらワインを飲むというのは、結構気分が良いもんです
つくづく、人生とは、その道を早く見つけて没頭した者勝ちだなぁ、と思います
理屈じゃなく、インスピレーションで良いと思います
頭を空っぽにしても、自然と湧き出てくるイメージ
自分が活き活き働くイメージが出来る仕事
高校生の皆さん、どうか、自分の思いやインスピレーションを大切にして進路を決めてください
お久しぶりです。
同級生の佐藤です。
ブログ読ませてもらって、なぜか涙が溢れてきました‥
さっぺさん、ご無沙汰してます。久しぶりに聖子ちゃんのコンサートどうですか?(笑)